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> このページでは、事実と意見を織り交ぜて書いています

PSEマーク移行措置の問題について

現在騒がれている「PSE法施行前の製品の流通問題」の原因は
PSE法第27条の販売規制にあります。

PSE法施行前のPSEマークの無い製品と、PSE法施行後のPSEマークが
義務化された製品を、無差別に扱う条文であることが問題の原因です。

これがPSE法における新マークへの移行措置の問題のすべてです。

PSEマークが無いことを理由に昔の製品の販売を禁止する必要はありません。
昔の製品を問題なく流通できるようにする条文が必要です。

移行措置の問題の簡単な解決方法

現行のPSE法の改変部分を最小で済ませる解決方法は
次のようなものです。

# 1.政令で猶予期間を延長する。
# 2.延長された猶予期間を使って法改正を行う。
#  PSE法に加える改変は次のようなもの。
#
#  - PSE法施行より前(2001年3月以前)に製造された電気用品を
#   新マークへの移行措置の必要な電気用品(移行電気用品)とする
#
#  - 移行電気用品は、PSEマークが無くても販売できる
#  - ただし移行電気用品と認められるものは、次の項目のいずれかのみ
#
#   a.製造時期が明記された電気用品
#   b.製造番号(シリアルナンバー)で製造者が製造時期を見分けられる電気用品
#   c.製造時期が明らかな電気用品 (2001年3月以前に製造をやめたものなど)
#   d.2001年3月以前の流通記録がある電気用品
#   e.公正な第三者の鑑定によって製造時期が古いことを検証できた電気用品

当サイトの立場について

当サイトは次の意見を主張します。

# - 政令で猶予期間を延長し、当面の流通問題を回避すべき
# - 猶予期間の延長は、周知期間の延長ではなく法改正のための延長である
# - 小手先のPSE法改正では解決しない
# - PSE法を廃止してUL互換のフル民間安全規格を導入すべき

「中古品流通問題」が解決すればOK、という立場ではありません。
先の「PSE法の改変部分を最小で済ませる方法」はあくまで次善の策として
述べたものです。

なぜPSEマーク移行措置の問題が起きたのか?

この問題の経緯を簡潔に説明します。
今、手元にある情報で一番筋が通っているのは次のシナリオです。

# 電取マークの導入時と同じようにPSEマークの導入を行ったら失敗した

つまり

# - 経産省は電取法の導入時、昔の製品に対する移行措置を十分にとらずに
#  販売規制を導入した。条文はマークの無い昔の製品を排除する形になっていたが、
#  誰も気に止めず、大きな問題にならなかった。電取マークの導入は成功した。
#
# - 経産省はこの成功体験をもとに、PSE法の導入も同じように行った。
#
# - すると「予想外の」消費者からの反発をうけ、大問題になった。

電取法には昔の製品の移行措置がなく、今の基準で見ると欠陥のある条文でした。
マークの無い製品の流通は、行政の見逃しを前提として成立していました。
新しいマークの導入に繰り返し使える条文ではないということです。

信じがたい経産省のアホぶりですし、これだけが原因のすべてかどうかは
まだ調査中ですが、電取法の導入時の経験がベースであることは
事実として確認しています。

明確な意図や目的のない、経産省の純粋な無能力による混乱ということです。
他の原因として、何か意図や目的と呼べるものがあるのかどうかは調査中です。

電取法時代の販売規制について

まず、電取法時代の販売規制についての情報を確認します。
昔の規制について理解してください。

誤 × 電取法では製造・輸入のみ規制されていた。販売は規制されなかった。
誤 × 電取法では甲種(現在の特定電気用品)の販売のみ規制された。
誤 × 1995年のPL法施行によって、乙種の規制は全面的になくなった。
正 ○ 電取法には甲種・乙種の両方に電取マークの有無での販売規制があった。
正 ○ 1995年のPL法施行で乙種マークは廃止したが他の表示義務と販売規制は残った。

# 昔の電取法時代も、現行のPSE法と同じく第27条に販売規制がありました。

この販売規制は、今のPSE問題と同じく、マークの無い時代の製品について
全く考慮しない条文でした。昔の製品のマーク無しの流通を認める移行措置は
ありませんでした。

しかし、特に問題にはなりませんでした。

なぜ問題にならなかったのかは、当時の時代状況によるもので、一言では
あらわせません。次のようなものです。

- 甲種マーク(▽〒)は1952年、乙種マーク(○〒)は1968年の導入。
 甲種は政府認証、乙種は自主検査でした。

- 導入当時、新政策である「政府による安全マーク」への期待が大きく、
 世論は「早く規制してくれ」「もっと規制してくれ」という歓迎の声でした。
 今とはまるで逆の状況だったと言えます。

# これは、事故が多発して困っていたということではなく、政府の役割の拡大を
# 社会の進歩と認識して好評価する時代的状況が大きく作用していました。
#
# 日本ではULマークのような民間の安全マークが登場せず、安全規格の策定は
# 政府の役割と認識されていました。消費者保護の政策はまだ珍しく、
# 先進的なものとされていました。当時の政府は企業活動の保護育成には熱心だが
# 消費者保護には消極的として批判されていました。

- 電気用品取締法を読んだ多くの人は、昔の無マーク品の移行措置がないことに
 気づきませんでした。気づいた人も、実際に昔の無マーク品販売の取締りは
 ありえないだろうと問題にしませんでした。

- 電気用品取締法の罰則は、PSE法と比較してとても緩いものでした。
 最大10万円の罰金で、何の罪もない無マーク品をうるさく取り締まるとは
 考えられませんでした。行政の対応に見切りをつけることができました。
 (PSE法は最大1億円の罰金になりました)

- 電取法は罰則で強制するタイプの法律ではなく、安全性について行政が関与して
 企業活動を誘導するタイプの法律でした。(PSE法は法律の性質が変化しています)

- 当時の家庭用電化製品の市場は小さく、中古市場はさらに小さいものでした。
 大規模チェーンの家電店やリサイクルショップはまだありませんでした。
 都市部には大手家電店のビルが建ち始めていましたが、まだまだ個人経営の
 小売店が主役の時代でした。一家に一台のテレビやクーラーを少しずつ買い揃えて
 いく時代です。中古品の流通は質屋が主役でした。消費生活の自由度について、
 今ほど消費者が鋭敏で積極的な感覚ではありませんでした。

- 中古品の流通に関して、電取マークの有無を意識することはありませんでした。
 上にあげた状況の如何を問わず、現実に誰も電取マークが必要だと思わず、
 実際の取締まりもなかったからです。

誰も電取マークによる販売規制を意識する必要がない状況でした。
そのため問題になりませんでした。

電取法下でマークの無い製品の流通は、行政の取締まりの見逃しを前提として
成立していました。この状況を誰も気にすることなく1995年 (甲種は2001年)まで
続いていました。ちょっとびっくりですね。私もこれ書いてびっくりしてます。

# 甲種・乙種の両方に電取マークの有無での販売規制があったのですが、
# 当時の時代状況、家電製品の市場規模、罰則が緩かったことなどの理由で、
# あまり意識されませんでした。実際の取締りもありませんでした。
# そのため「昔は販売規制はなかった」と勘違いして主張する人もいるほどです。


1935年 電気用品取締規則
1951年 電気用品取締法 制定 (法律第234号) 公布
1952年 電気用品安全法施行令・施行規則 制定 電取マーク(後の甲種)制定
1954年   「三種の神器」 冷蔵庫 電気洗濯機 掃除機
1955年   「白もの御三家」 冷蔵庫 洗濯機 電気釜
1957年   「三種の神器(ver2)」 白黒テレビ 洗濯機 冷蔵庫
1966年   「3C」自家用車(CAR) クーラー カラーテレビ
1968年 甲種と乙種にわかれる。旧来のものは甲種に。乙種マーク制定
1995年 PL法施行にともない乙種マーク廃止
1999年 電気用品安全法(PSE法)に改訂
2001年 PSE法施行


written by Legal-Maxim ページ上下の画像はinfoseek iswebの自動広告です

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